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1930~1936年

第2章 創業の経緯と創業期の苦難

第2章 創業の経緯と創業期の苦難 1930~1936

第1節 当社創業前後の世界のタイヤ業界の動向

世界では1905年頃には現在使用されている空気入りタイヤが自動車用タイヤの標準品になっていました。
この空気入りタイヤの発明者はアイルランドの獣医であったJ.B.ダンロップ氏です。
息子の自転車を乗り心地のよいものにしようと考案したタイヤが最初のものと伝えられています。20世紀初頭にはダンロップ社は世界のリーダーの地位を確立していました。
その後は米国の自動車産業の発展により、米国のタイヤ会社が大きな成長を遂げていきます。
グッドイヤー社は1898年の創業後、1916年には世界最大のタイヤ会社に、1926年には世界最大のゴム会社になりました。この年、後年、石橋正二郎と国境を越えた信頼関係を結ぶようになるポール・W・リッチフィールド氏が社長に就任。これ以降グッドイヤー社は同氏の経営のもとに1929年からの大恐慌も乗り越えて世界ナンバーワンの地位を長期にわたって維持し続けました。
ファイアストン社は1900年に創業後、1906年に早くも2,000本のタイヤをフォード社に納入しています。1911年にはファイアストンタイヤを装着した自動車が第一回インディアナポリス500マイルレースで優勝しました。1933年には他社に先駆けレーヨンコードを使用、また合成ゴムで航空機用タイヤを製造するなど、創業者ハーヴィ・S・ファイアストンの果敢な経営により米国第二位のタイヤメーカーとして発展をしていきました。
1889年設立のミシュラン社は、1895年にクレモン・フェランでタイヤの生産を開始し、1914年にはタイヤ交換を格段に容易にした着脱式鋼板ホイールを開発、1920年には低圧タイヤを次々に開発していきます。1929年には鉄道用の空気入りタイヤを開発。1937年には、世界で始めてスチールコードを使用した「メタリック」と呼ばれるタイヤを発売しました。
日本国内では、1909年に英国ダンロップ社が、神戸に日本支店を設けるとともに工場を建設し操業を開始しました。そして、1913年に自動車タイヤの生産を開始し、1917年には社名を「ダンロップ護謨(極東)」としました。また、同じく1917年に横浜電線製造(後の古河電工)と米国のグッドリッチ社との合弁会社「横浜護謨」が設立され、同社は、関東大震災で被災した横浜工場を再建し、この工場で1930年に本格的にタイヤ生産を開始しています。このように英米系の技術や資本に頼らなければ国産化は難しく、日本のゴム技術は先進国から大きく立ち遅れていたのです。

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