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1981~1987年

第7章 米国での現地生産開始、多角化の進展

第7章 米国での現地生産開始、多角化の進展 1981~1987

第1節 創立50周年と世界メジャーへの第一歩

創立50周年

創立50周年記念式典

当社は、1981年3月1日、創立50周年を迎えました。本社での記念式典で、石橋幹一郎会長は50周年を迎える意義を次のように述べています。
「当社が今日の地位を得たのは、創業の理念と夢の実現に向かって、創業者を中心に先輩の人々が、ひたむきに驀進(ばくしん)した誠心と努力の成果である。
これからの50年間に、当社は、質・量ともに過去の実績に数倍する業績を樹立すべきである。次の50年の最初の目標として、1985年までに、(1)1兆円の売上、(2)タイヤの国内販売シェア50%の確保、(3)ゴム製造業の分野で、世界のトップスリー入り、の3つを掲げる。この目標達成のため、全員が野性味と蛮勇(バイタリティ)を発揮し、全員セールスマンの精神で頑張ろう」

服部社長の就任

柴本重理社長は、創業50周年を機に辞任、1981年3月、服部邦雄副社長が第4代社長に就任しました。服部は、柴本に続いて石橋家以外の人物であり、国際通でもあったことから、時代にふさわしい人事として、社内外から好感を持って迎えられました。

新たな目標

翌1982年は、行財政改革による内需の低迷、先進諸国の経済不振や対日経済摩擦問題による輸出環境の悪化が続く厳しい情勢の中で、1981年に明らかにした長期目標を

  1. 1.1986年に連結売上高1兆円
  2. 2.1990年代に世界のビッグスリーに列する
  3. 3.タイヤ生産シェア50%(※国内)

と見直しを行いました。

3つの体質改善活動

1981年に間接部門の「業務合理化3カ年計画(チャレンジ50)」、1982年に「社長診断」「人事活性化計画」と、矢継ぎ早に体質強化のための活動を開始しました。
「チャレンジ50」は、間接部門の業務が肥大化し、非能率に陥っていたため、業務のムダ・ムリ・ムラを排除し、高い水準の業務体質を築くために、3年間の期限を切って推進されました。
「社長診断」は、仕事のやり方を効率化してムダを排除するために実情を把握し、問題点を摘出し、改善を促進することを目的に行われました。
「人事活性化計画」は、合理化活動で生み出された余力を、各販売部門への再配置や、市販用タイヤの新チャネル、外注の内製化、販売会社・関連会社の強化などに振り向けるものでした。同時に採用を圧縮し、人員のスリム化を図る施策でもありました。この計画は途中から「JK計画」と名称を改め、強化部門に有用な人材を傾斜配置する、より戦略的な施策に改定されました。

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