※内容は取材当時のものです。
ブリヂストンで描けるキャリア
働くなかで訪れるキャリアの転機。
ブリヂストンで活躍する社員が
どのような転機を迎え、成長したのか?
一例として、ここでは4名の社員の
キャリアモデルを紹介します。
※内容は取材当時のものです。




※内容は取材当時のものです。
働くなかで訪れるキャリアの転機。
ブリヂストンで活躍する社員が
どのような転機を迎え、成長したのか?
一例として、ここでは4名の社員の
キャリアモデルを紹介します。
※内容は取材当時のものです。


私は入社後タイヤ直需1部に配属され、以後一貫して直需領域でキャリアを重ねています。直需部のミッションは、自動車メーカーの新車開発に合わせて、その車両専用に開発したタイヤを販売することです。私たちが向き合うのはつねに未来のクルマ。メーカーが求める性能、用件、価格を満たすタイヤを企画し、試作・試験を重ねて完成し販売に至るには3〜4年の月日を要します。メーカーへのアプローチは営業・技術・出荷のチームで行い、新入社員の私は出荷を担当しました。出荷担当は、開発期間中は試作したタイヤを各種試験のために手配し、生産開始後は車両生産計画に合わせてタイヤを納入する役割を担います。試行錯誤を繰り返す新車開発は緊急依頼も少なくなく、金曜の午後に「明日、栃木のテストコースで役員の試乗会が開催されるため急遽タイヤを届けてほしい」という要望に何とか対応したことは今でも鮮明に覚えています。直需部門は対外接点となる部署です。タイヤ直需第1部での3年間は、先輩方の姿勢から顧客への気遣い、仕事の進め方、ビジネスマナーなど、社会人としての基礎を学ぶ機会を得られた有意義な時間でした。

入社4年目にトレーニー制度を使用した北米勤務の機会を得ました。入社当初よりグローバルで活躍したいと考えていた私にとって、タイヤの一大市場であるアメリカという国を直接見て、触れて、感じられたことは、後のキャリアにも生きる貴重な体験になりました。ここでは主に予算や実績管理などの事業管理を担当しつつ、日本のカーメーカーの立ち位置や北米自動車メーカーとのブランド戦略・商品戦略も理解でき、出荷担当時代とは違う知見を大きく広げるきっかけとなりました。とりわけ結婚して赴任し、アメリカで出産や子育ても経験したため、生活に不可欠なクルマという存在・重要性を改めて認識できたことが大きな収穫です。自宅から500㎞も離れた遠出先でパンクして動けなくなり途方に暮れた経験は、後にパンクソリューションとしてのランフラットタイヤ(RFT)を売り込む戦略を立てる礎にもなりました。また、アメリカという文化・考え方・多様性・寛容性を学べたことも、その後のグローバルビジネスを展開するうえで大いに役立ちました。

帰国後に配属されたグローバル直需部はグローバル直需部本社の戦略をグローバルに浸透させることが主業務であり、戦略の立案から実行までを世界規模で実行します。私はOEM担当としてRFTやologic、ILWなどの戦略商品を北米や欧州の主要カーメーカーに提案する業務を担当しました。印象に残っているのは欧州自動車メーカーを招待して日本で試乗会を実施したこと。最終的にologicの採用につながり、言語や文化を超えてgood dealと握手したとき、グローバル企業で働いていることを実感しました。その後、入社9年目にタイヤ直需第2部に異動し、技術サービス、設計、テストドライバー、工場等多岐に渡るチームを束ねて新車用タイヤを営業アプローチするプロジェクトリーダーを務めました。これまでの経験を活かす集大成とも言える役割で、自動車メーカーの高い要求を検討して応札するかどうかの判断から、アプローチ方法をどうするか、開発や量産化をどう進めていくかまで、私の判断ひとつで3~4年後の売上・採算を大きく左右します。会社を背負う重圧は相当なものですが、チームで連携しビジネスを成功に導いた時の喜びはこれまで経験したことがないほど大きなものでした。数年後、私たちが開発したタイヤを実装した新車が街を走っている姿を見ると、子どもたちにも認知される商品を生み出したという実感がじわじわ湧いてくるのもこの仕事の魅力でしょう。
入社14年目に課長を拝命しました。COVID-19による世界的な半導体不足から落ちていた新車生産台数が回復したものの、現在はEVの減速影響を受けて直需の販売をいかに立て直すかが大きな課題です。戦略や方向性を示すことが求められるポジションとなったため、これまでの経験をチームに伝えることと、いかに会社に貢献しチームの評価を最大化するかを念頭において、日々業務に向き合っています。またチームメンバーが若いため、私自身もプレイヤーとして最前線に立ち、これまでのキャリアで培った知見やノウハウを伝え、それぞれの才能や個性を伸ばしていくことも私に課せられた大きな役割だと認識しています。
また、より長期的な視点では、再度海外に赴任しグローバルな直需ビジネスの強化に貢献していきたいという希望もあります。もうひとつの夢はF1に関わること。私がブリヂストンを選んだ理由のひとつがF1で示した圧倒的な技術力への憧れだったのですが、ちょうど内定期間にF1撤退のニュースが流れがっかりした覚えがあります。近年再びモータースポーツへの取り組みも加速しており、どんな形でも携ることができればいいなと夢見ています。


最初の配属先はスチールコード開発部です。私は「将来超高強力スチールが出てきたら」という前提での超軽量化タイヤの試作に取り組みました。具体的には将来の高強度スチールコードを用いたトラック・バス用ラジアルタイヤのプライ軽量化がテーマです。スチールコードはラジアルタイヤを内側から補強するもので、スチールコードが高強度化されれば、より少ない数でタイヤ強度を担保できます。プライはスチール単線を複数本撚り合わせたものをゴムで被覆してるのですが、私はタイヤのプライコードが壊れる(切れる)現象がゴムが被覆されきってないスチールの露出部分で多く発生することから、露出隙間をしっかりゴムで埋めるための撚り構造に着目。高強度スチールコード使用時の露出部分を少なくする緩めの撚り構造についての考察を深めました。「壊れる」ということは「解析をすれば原因が分かる。目に見える」という指導を受けてそれを繰り返し、新人ながらも未来のタイヤ開発に携われたことはたいへん幸運だったと思っています。あれから15年もの歳月が流れ、最近、私が未来に向けて取り組んだこの研究資料が注目され始めています。ちょっと嬉しいです。

小型タイヤ材料設計部ではランフラットタイヤ(RFT)の補強ゴム開発を担当しました。当時は海外でもRFTへのニーズが高まり、RFT用ゴム開発に関して、定期的に欧米地域のテクニカルセンターと情報交換会議を実施していました。異動して間もない頃、その海外からの質問に「分からない」と答えてしまい、当時欧州に赴任していた、後に上司となる人に「異動直後とか関係なく、会議に出るなら日本のゴム開発の担当として責任ある回答をしなさい」と叱責されたことを今も鮮明に覚えています。以来、担当していることにしっかり責任を持ち、苦手意識を持つ英語や英語以外でも「伝えたいことを正しく伝わるように話そう」と努力するようになりました。
入社7年目には新しい補強ゴムの開発に成功し、量産化にメドが立ったタイミングで、タイにあるAPTCへのトレーナー派遣を打診され、快諾しました。APTCはアジア地域でのタイヤ開発・生産・品質管理を担ために2013年に設立されたばかりの拠点で、当時はメンバーも若手が中心でした。私は日本での経験や知見、開発に対する姿勢など、伝えられるものは全て伝えて、APTCのレベルアップに貢献したいという想いを持って赴任。共に成長することを心がけながら2年間を過ごしました。赴任して1年が過ぎた頃、日本の技術者に「APTCのエンジニアは言われたことを鵜呑みにするのではなく、実験の目的や技術の中身を細かく聞いてくる」と言われ、自分が上手く技術開発に携わるエンジニアの本質を伝えられていることを実感しました。またAPTCでは配合開発や現場での配合トラブル解決なども経験し、タイヤのモノづくりの難しさを現場で学ぶことができました。

APTCから帰任後、小型タイヤ材料設計部で3年間ゴム開発に携り、次のキャリアとして「お客様に近い」「広くバリューチェーン全体を知る」「グローバル」というキーワードを考えていた頃、技術戦略部技術戦略課に異動。グローバルのR&D全体を統括するGlobal R&D Committee(GRDC)の企画運営を担当する機会を得ました。GRDCは経営層が日本、米州、欧州のR&D拠点の研究テーマや技術開発の現状を共有し、ブリヂストンの技術戦略の方向性を決定する機関です。私は日本の研究・技術開発の最前線の情報を収集し、会議資料としてまとめる業務を担当しました。当初は経営層の考え方を理解し、地域による組織や文化の違いを超えてグローバルでアラインメントを取る難しさを痛感しました。しかし、入社14年目に課長に就任し、今ではブリヂストンのR&Dがグローバル全体で何に取組み、どんな方向に向かっているかをだいぶ把握できるようになりました。また、それぞれの技術が経営やビジネス拡大にどう貢献するのかという出口意識を持って、開発の中身を見るようになりました。現在はG-CTOをはじめとした役員レベルの人たちに「何を議論してもらうべきか」「そのためにどんな情報を提供すべきか」を考えながら技術動向をリアルタイムで収集しています。調査では現場や欧米拠点との調整に苦労することもありますが、「調整してくれて有難う」「情報あげてくれて有難う」といわれることも増えており、それは私にとって大きなモチベーションになっています。
私はこれまで主に技術開発の分野で、未来に向けての基礎研究や応用開発、アジアでの国際経験や現場対応、グローバルな技術戦略、課長としてのマネジメント管理など、さまざまな経験を積ませていただきました。それでもブリヂストンでのキャリアには未知の領域が無数に残されています。今後はこれまでに経験したことのないフィールドで自分の視野や経験を広げ続けたいという気持ちもありますし、一方で配合設計などの技術領域部門で自分の経験を還元したいという気持ちもあります。さらには人の成長を支えることにも大きな喜びを感じるので、人・チームを育てるマネジメントにもチャレンジしてみたい。正直に言えばその全部を手がけてみたいし、その過程でさらにチャレンジしたいことが増えるような気がしています。とはいえ、私が仕事中毒であるわけではありません。
課長になって1か月後に第一子が誕生して、1カ月の育休を取得しました。周囲のサポートもあって業務は大きなトラブルなく乗り越えられたし、復帰後もスムーズにキャッチアップできました。現在は、そしてこれからも家族一緒にいる時間の確保を最優先に、「仕事は効率よく早く終わらせて、家でたくさんの時間を」をモットーに人生を楽しんでいきたいと思っています。


最初に担当した仕事は、航空機タイヤの生産調整です。国内外の航空機メーカーや航空会社からタイヤの発注を受け、生産部門や工場と、洩れなく、無駄なくタイヤを供給するための調整を行うのが私の役割でした。航空機は摩耗したゴムを交換するリトレッドタイヤも多く利用します。そのため世界のグループ会社の生産能力や、顧客や当社の在庫状況も含めて生産調整するのですが、航空業界は世界経済やコロナのような感染症拡大に影響を受けて需要が大きく変化します。初めの頃は販売の立場から一方的な調整に終始。工場や生産部門の事情を理解せずに調整を進めた結果、生産現場の方々から厳しいお声をいただいたこともありました。そこで、実際に生産現場のオペレーションを見せていただき、生産切替え時の設備変更に伴うロスといった問題や効率的な生産に必要な条件を学び、現場の人々とより良いオペレーションの在り方を検討。徐々に先々の需要を予測した前倒し生産や一時的な在庫の積み上げ等も含めた全体最適解を目指した柔軟な調整ができるようになりました。現場を知る重要性や粘り強いコミュニケーションを意識するきっかけになったこの経験は、その後の仕事にも大いに活きています。入社3年目からは航空機タイヤ事業の予算/中期経営計画策定をリードする役割となり、その実績を評価されて海外営業部全体の予算編成/中期経営計画などを行う業務部に異動。その後、Bridgestone Americasへのトレーニー派遣にアサインされました。

駐在期間中に担当した業務は経営企画です。予算や中期経営計画の策定、中南米地区の生産・販売実績のとりまとめなどの業務に奔走しました。ここで直面したのは意識の壁。言語も文化も異なる海外では「阿吽の呼吸」は全く通用しません。仕事に対する取組み方も異なり、Job Descriptionと呼ばれる業務記述書に記載されている以外は“自分の仕事”ではないという意識を抱いています。そのため、欲しい情報を入手するのに複数回コミュニケーションを取らなければならないことも多々ありました。人によって伝え方やフォローの頻度を変える、データや数字をしっかりと準備してから話をする、「伝える」のではなく「伝わる」ことを意識するなどの工夫を重ねることで、グローバルコミュニケーションと粘り強さ、行動力を向上させることができました。また海外に住むという経験も初めてだったため、食料品の買い出しや病院など、日本では当たり前にできることに苦労するという経験も日常茶飯事。多少のトラブルなら笑い飛ばせるメンタルも鍛えられました。

帰国後、日本タイヤ経営企画部で副社長業務秘書を担当しました。トップマネジメントに動向し学んだのは「いかなる状況においても100%のパフォーマンスを発揮できるよう事前準備を徹底する姿勢」です。想定外の状況に直面してもパフォーマンスを落とさないよう、何重にもシミュレーションを重ねて執務に当たられているのが印象的でした。現在は、建機向け特殊タイヤ部門に異動し、建機メーカー向け販売を担当しています。建機の需要は世界の鉱物需要、建設需要に連動して動きますが、地政学リスクや世界経済動向などによっても大きく影響を受けます。たとえばアメリカ大統領選挙の結果次第で担当顧客の購入需要は大きく変わります。そのため普段から政治・経済・紛争・都市計画等の情報にアンテナを張りながら市場動向予測(シナリオプランニング)を立て、つねに変化に機敏に対応する柔軟性が求められます。そのせいか、ダイナミックな変化を楽しむポジティブマインドセットが養われたと思います。私生活では2024年に第二子が誕生したため、3カ月間の育児休職を取得しました。休職前には起こりうる蓋然性の高いイベントをリストアップするなど、私なりの準備を行ないました。休職中、私の担当業務をカバーし、快く育児に専念させて下さったチームのメンバーには感謝しかありません。
当社はタイヤや化工品を「作って売る」ビジネスのみならず、ソリューションビジネスの展開・拡大にも力を入れています。これまで私は一貫して「タイヤ」に関わってきましたが、今後はタイヤ以外の化工品も含めた新たなビジネスの創造と拡大にも関わっていきたいと考えています。とくに子どもが生まれてからは、よりよい未来に向けた社会貢献に力を注ぎたいという意識が強くなりました。たとえば巨大地震に備える免震ゴムや、労働力不足や生産性アップに貢献可能なソフトロボティクスの分野など、ブリヂストンがゲームチェンジャーとなる可能性のある分野はたくさんあるはずです。
私も自分の目に見える範囲で、自分ができることを探求していきたいと思っています。プライベートでは家庭から出る生ゴミの堆肥化活動がきっかけで、市民農園で野菜作りをしています。手軽にできる循環型社会の実現により、ごみやCO2削減ができるだけでなく食育にもなりますし、畑で出会うご近所さんとのコミュニケーションで気持ちも和みます。そして何より、自分達で作った野菜は新鮮でとても美味しい。微力ではありますが、こうした活動を続けて、次の世代に少しでも良い環境や経験を残すことに貢献していきたいと考えています。


学生時代は有機化学を専攻し、主に有機硫黄化合物の合成や反応に関する研究に没頭しました。タイヤの原料である天然ゴムや合成ゴムは硫黄架橋によって弾性を得ることが知られており、硫黄の知識を活かすならタイヤだろうと、極めてシンプルな理由でグローバルなタイヤ企業であるブリヂストンを志望しました。最初に配属されたのはタイヤに配合する材料を開発する材料開発部です。最初の3年間は、オゾンや酸素によるタイヤの劣化を防ぐ新規老化防止剤の開発を担当。その後、タイヤを高機能化するための天然ゴムの研究開発に携り、タイヤの性能を向上させるためにはどのような化学構造をもつ材料が良いのか、上司や指導社員とのディスカッションと実験を繰り返しデータとにらめっこしながら試行錯誤を重ねる日々を送りました。また材料開発部では、定期的に海外の技術センターのメンバーとのディスカッションの場が開かれ、様々な刺激を受けながらゴム技術の基礎をしっかりと学ぶことができました。

私は入社直後から海外へのトレーニー派遣を希望していたのですが、受入れ体制との兼ね合いからなかなかタイミングが合わず、半分諦めていた頃にようやく機会が巡ってきました。派遣先はローマの技術センターです。欧州の技術者と一緒に材料開発に携りましたが、当初は言葉の壁や開発のアプローチの違いに戸惑いました。また、会議の場では毎回必ず自分の考えを示すことが求められ、他のメンバーに対して自分の意見やアイディアを積極的に共有する必要がありました。しかし、これがなかなかうまくいかず、発言できるようになるまでの間、よく現地の上司から苦言を呈されたものです。このような状況の中で、赴任当初は思うように仕事が進まず、悩むことも多くありました。それでもチームメンバーの協力やグループリーダーのリーダーシップに助けられました。また、日本にいたとき以上に、事実とデータに基づいてロジカルかつシンプルに説明すること、お互いが納得するまでディスカッションすることを意識し、徐々に相互理解を深めることができました。私にとっては初めての海外生活で、特に慣れない左ハンドルでの自動車通勤は毎日緊張を強いられるものでしたが大変充実した2年間でした。帰任後は材料開発部で中堅になったこともあり、さまざまな開発テーマに横断的に関わり、若手をサポートする役割を担いました。

料理に例えると材料開発は生産者、配合開発はシェフです。材料開発が丹精込めて育てた材料を、オーダー通りの料理に仕上げるためのレシピを創り上げることがミッションです。材料開発は比較的基礎開発に近い業務内容でしたが、配合開発部では、材料の種類と割合を最適化することでタイヤの性能を向上させる一方で、工場での量産化も考慮する必要があります。ラボスケールでいくら優れた性能を発揮しても、スケールアップできなければ製品化はできません。量産化を実現するには社内の各部門との連携が不可欠であり、基礎研究とは違う苦労と喜びがありました。こういうタイヤのための配合を設計して欲しいという依頼を受けて、コスト面や量産化を視野に入れながら行なう開発は条件や制限もありますが、それらを製品開発部門、製造技術部門、および工場など様々な部門の人々と議論し、ひとつひとつ乗り越えられたときの達成感は格別です。また最近ではグループリーダーとして「どうすればチームとして目標を達成できるのか」と視点を「個」から一段階上げて仕事を進めるようになり、仕事に向き合う姿勢も変化したと感じています。具体的にはよく話を聞き、任せきりにはしないことを心がけるようにしています。部署が変われば使命が変わる。役割が変わればスタイルも変わっていく。キャリアを重ねるとは、そうして成長していくことだと感じています。
最近、次世代配合開発部で取り組んだ開発がようやく一段落したところです。これからまた新しいミッションに挑戦するにあたり、これまで培った経験を活かして、今まで以上にお客様や社会に貢献できるよう努めていきたいと考えています。例えばリサイクル原材料や再生可能資源の適用など、技術的なブレイクスルーが求められる分野にも挑戦してみたいです。私生活では、新型コロナでこもりがち生活になったストレスを発散しようとピラティスを始めたのですが、これが自分に合っていたようで、今もスタジオ通いを続けています。これほど長く続いた趣味は初めてで、今後もピラティスで健康を維持しながら、新しい仕事にチャレンジするつもりです。