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BRIDGESTONE 世界への挑戦 BRIDGESTONE × TSR 世界挑戦の軌跡

ル・マン24時間耐久レースにおいて
ブリヂストンタイヤを使用する
F.C.C. TSRホンダ・フランスが優勝を遂げた
日本のチームが日本のタイヤを使って
世界耐久の海外ラウンドで優勝するのは初めて
そこには世紀を跨いだドラマがあった

人と人、企業と企業の間には、時にポジティブな反応が起こる。熱いもの、激しいもの、穏やかなもの。反応には、さまざまな種類がある。

TSRとブリヂストンの間に起きた反応は、お互いを刺激し合うような熱いものだった。しかしそれは、「世界」という大舞台へとつながる、大きな一歩となったのだ。
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F.C.C. TSR Honda France総監督
藤井正和さん
テクニカルスポーツレーシング会長、レーシングチームの総監督を務める。
ホンダ・フランスとタッグを組むことになった2017-2018シーズンは、その準備と運営のため欧州に居住し、快挙の礎を築いた。
三重県鈴鹿市に本社を構えるTSRは、名門プライベーターチームとして日本のレース界にその名を轟かせている。
代表の藤井正和さんは、名将、あるいは闘将といった呼称がよく似合う。レースを全力の戦いと捉え、本気で勝負を挑む。
「ウチなんかちっぽけなチームですよ。そういう弱小チームがファクトリーチームに勝つっていうのが、気持ちいいじゃない」と笑う。

ブリヂストンとの付き合いは、88年からだ。順風満帆というわけではなかった。
当時のブリヂストンは二輪レースの新鋭で、まだまだ経験が浅く、タイヤの出来栄えは藤井さんを満足させられるものではなかった。

「決まればいいが、外すと大外れ。ピンポイントでしか性能が発揮できないタイヤだったね」と藤井さんは率直に振り返る。

それでも当時のタイヤ技術者たちに頼み込まれるかたちでTSRがブリヂストンを使うようになったのは、「たくさん飲みに連れて行ってくれたからだよ」と藤井さん。冗談のようで、半ば真実だった。
「人と人のつながりなんだよ、こういうのって。当時のブリヂストンはタイヤとしてはまだまだだったけど、関わる人がみんな熱かったね。オレは結局、その熱意にほだされたんだ」

その3年後、91年の世界グランプリ・日本GP125㏄クラスで、TSRから参戦した上田 昇が鮮烈なポール・トゥ・ウインを飾った。上田にとってはこれ以上ないグランプリデビュー。タイヤはブリヂストンだった。
「鈴鹿は勝つつもりだったからね。完全に狙ってたよ」と藤井さん。
同じクラスには、ほぼファクトリー体制のファウスト・グレシーニやロリス・カピロッシらがいた。彼らを差し置いての優勝は、痛快そのものだった。

あまりに鮮やかな勝利は、世界の耳目を集めた。

「フル参戦しないか?」。

GP主催者からオファーがあった時、藤井さんは「イエス」と即答した。世界に打って出る計画も準備も一切なかったが、迷いはまったくなかった。
「こりゃ行くしかないな、と。組織もちっちゃいからコンパクトに決断できたんだ」

3月24日に鈴鹿でのレースを終えて、すぐに手に入るだけのタイヤをかき集め、その1週間後には次戦が開催されるオーストラリアに向けて旅立つという強行軍だった。そして上田は3位表彰台に立つのである。




即断即決、それが大きな結果に結びついていった
当時のブリヂストンは、藤井さん同様、世界GPにフル参戦するつもりなどまったくなかった。
しかしブリヂストンを履くTSRがフル参戦をあっさりと決めてしまった以上、行くしかなかった。
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BRIDGESTONE モーターサイクルレーシング・マネージャー
山田宏さん
長年にわたってブリヂストンのモータースポーツに携わり、特に2009-2015年のMotoGPワンメイクタイヤの時代にはブリヂストンの顔として表舞台に立った。
現在は国内を中心に活躍中。趣味の料理はプロ級
90年から全日本ロード250㏄クラスを中心にブリヂストンのタイヤエンジニアを務めていた山田 宏さんは、「どうするもこうするも、あまりに急な話でオーストラリアには行くことすらできませんでしたよ」と苦笑いする。
「第3戦スペインGPにはようやく行けましたが、僕自身にとっても初めてのヨーロッパで分からないことだらけ。ドイツでバンを借りてタイヤを積んで、どうにか間に合わせることができた。本当に大変でしたよ」

このドタバタ劇を契機にブリヂストンは世界への扉を開けた。そして経験を重ねながらステップアップしたのである。

最高峰クラスへの挑戦は、02年からだ。それまで中小排気量車用レースタイヤの経験しかなく、トラブルも少なくなかった。

しかし「世界最高峰クラスで勝ちたい」という気持ちは、ブリヂストンの中でも強く芽生えていた。幾多の苦難を乗り越えながら、地道な開発が続けられた。

そして07年、ついにブリヂストンはモトGPクラスで初の年間タイトル(C・ストーナー)を獲得。「ブリヂストンでなければ勝てない」と多くのモトGPライダーに言わしめ、チーム体制に影響を及ぼすほど、その性能は極められていた。

その翌年にはV・ロッシ選手により連覇を達成。09年には最高峰モトGPクラスにワンメイクタイヤを供給するに至るのだ。ライバルなき戦いとなったが、ブリヂストンは手綱を緩めなかった。
「ヒト・モノ・カネ、そして情熱を投入し、基礎研究からタイヤ作りを見つめ直しました。開発のための設備投資もしましたし、生産体制も改めたんです。それぐらいしなければ、モトGPには対応できなかった」

逆に、求められる要件すべてに対して全力を尽くし、高いレベルでクリアすることで、ブリヂストンはモトGPのタイヤサプライヤーとして世界にその名を轟かせたのだ。

グローバルマーケティングにも大きく寄与し、市販車用タイヤのパフォーマンスも向上した。
「やるか?」「やるさ」といったシンプル極まりないやり取りが、とてつもなく大きな進歩をもたらしたのだった。


レースは、チャレンジの連続である。否応なしに負荷がかかる環境は、技術と同時に人にも磨きをかける。 モトGP参戦で技術的にも人的にも大きな資産を得たブリヂストンだったが、15年を最後にグランプリから撤退すると、進歩を止めないためにも次なるチャレンジの舞台を探していた。
「藤井さん、ル・マン24時間耐久レースに出ない?」

16年、今度はブリヂストンの側からTSRに声がかかった。
「なんだいその話は」と思いつつ、「うん、出るよ」と、またしても藤井さんは即答した。

すでにTSRは鈴鹿8耐で優勝を果たしていた。だが藤井さんは、もっと大きな、もっと過酷な戦いの舞台を求めていた。

もともとル・マン24時間耐久への憧れもあった。30年以上前から仲間たちと「出たいなあ」という話もし続けていた。

それがひょいっと、「出ない?」「出るよ」で動き出したのである。ブリヂストンとTSRの間には、戦いに挑むプロ同士ならではの強固な連携と共感が築かれていた。

91年の世界GPフル参戦の時と同じように慌ただしく準備が進められたにも関わらず、初参戦のTSRは3位表彰台に立った。やはり91年と同様に、それは鮮やかな成果だった。

「これはイケるんじゃないか?」。

ル・マンでの3位表彰台の先にもっと大きな栄光---世界一の座---を見た藤井さんは、翌シーズンからの世界耐久選手権(EWC)へのフル参戦を決めた。

24時間耐久を含めたEWCは、ブリヂストンにとっても今までにないチャレンジとなった。
山田さんが説明する。「スプリントレースは、ある程度限定的な路面温度の範囲内で行われます。ところがEWCは、特に24時間耐久だと1レースでの路面温度の幅が非常に幅広いのです。ル・マンで言えば、夜から明け方にかけて路面温度は3度にまで下がる。そんな状況のなかレーシングスピードでバトルするなんて、タイヤにとっても想像以上に苛酷でした」

しかしブリヂストンにはすでに豊富な経験と技術的リソースがあった。よりワイドレンジで性能を発揮するタイヤということで、市販車用タイヤの知見も生かされた。それがさらにEWCの場で鍛え上げられ、市販車用タイヤの開発にフィードバックされるという好循環をもたらした。

2季目となる17・ 18年シーズン、TSR旋風がEWCを席巻している。ル・マン24時間耐久レースでTSRは日本国籍のチームとして初優勝を遂げ、ブガッティサーキットの頂点に日の丸を掲げたのである。

闘将・藤井さんの目から涙がこぼれた。それは、自分だけの涙ではなかった。「関わってくれる人が多ければ多いほど、オレはうれしいんだよ。ル・マンの優勝は、はっきり言って『幸せ』。これ以上のものはないね」
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ル・マンの表彰台に君が代が鳴り響き日の丸が掲げられる
日本のチームとして初めて、鈴鹿を除く世界耐久選手権で勝利を挙げた。
ル・マン24時間耐久が開催されたブガッティサーキットに掲げられた日の丸、流れる君が代。
世界タイトルを獲る
その視界には一点の曇りもない
ポジティブな勢いに乗って、TSRは今、EWCの年間チャンピオン争いでトップの座にいる。

残り1戦、鈴鹿8耐で追いすがるライバルを下せば、TSRとしても、日本のチームとしても初めての世界耐久選手権の王者となる。
そんな鈴鹿8耐を目前に控えながら、藤井さんは「うん、獲るよ」とやはりアッサリと言う。

「だって、勝つためにやってるんだからさ。当たり前じゃない」
おどけた口調で笑顔を浮かべる。

でも藤井さんの目が放つ光は、あくまでも鋭く、力強い。「鈴鹿8耐の表彰台はさ、やっぱり特別なんだよ。ものすごい数のお客さんがいて、オレが話しかけると『ワーッ!』と反応が返ってくる。最高だよね。もうさ、『みんなウチに遊びにおいでよ!』って感じなんだ、ホントに」と笑う。
多くの人を巻き込みながら世界に出た藤井さんは、ある意味ではブリヂストンをグローバルブランドにした立役者ともいえる。だが藤井さんは、そんなことを一切気にしていない。ただひたむきにレースという戦いに取り組み、勝利し、仲間たちと肩を叩いて笑い合いたい。ただそれだけが願いなのだ。

ブリヂストンを世界に引っ張り出したTSRが、ブリヂストンとともに世界の頂点に立とうとしている。

2018年7月29日、午後7時30分。鈴鹿8耐の決勝を終えたTSRのピットには、華やかな笑顔が弾けるだろう。清らかな涙も流れるだろう。
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2018年の鈴鹿8耐には最新型のCBRで挑む
年間5戦が行われてシリーズチャンピオンが決定する世界耐久選手権(EWC)は、2016-2017シーズンから鈴鹿8耐鹿が最終戦となった。
17年9月にスタートした今シーズン、F.C.C.TSRホンダ・フランスは第2戦ル・マンまでを実績のある従来型マシンで戦った。
次の第3戦からマシンは新型に切り替え、第4戦で再び優勝。ポイントリーダーとして最終戦・鈴鹿へ乗り込んでいく。
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WGPでは先に500ccにステップアップしたTSRと一度は袂を分かったが、'06年に再び組んで鈴鹿8耐を制覇。
ル・マンのトロフィーを前に世界王座を誓う。
この記事は、RIDERS CLUB 8月号の内容を特別に本サイトにて転載したものです。

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