会社情報

沿革

1930(昭和5)年
当社の前身である日本足袋タイヤ部により第1号タイヤが誕生
(乗用車用/29×4.50 4P)
1931(昭和6)年
福岡県久留米市に「ブリッヂストンタイヤ株式会社」を設立
1934(昭和9)年
久留米工場(現久留米第1工場)が完成、本格生産を開始
1935(昭和10)年
ゴルフボールの本格的生産を開始
1937(昭和12)年
本社を福岡県久留米市から東京に移転
Vベルト・ゴムホースの製造と防振ゴムの試作を開始
1942(昭和17)年
太平洋戦争にともない、社名を「日本タイヤ株式会社」に変更
1951(昭和26)年
社名を「ブリヂストンタイヤ株式会社」に復旧
ブリヂストンビル(本社ビル)が竣工
1953(昭和28)年
売上高が100億円を突破、業界首位に立つ
1956(昭和31)年
創立25周年記念式典を久留米工場で挙行、記念事業の一環として石橋文化センターを建設、久留米市へ寄贈
1961(昭和36)年
株式公開を実施(店頭 5月)、東京・大阪証券取引所に株式を上場(10月)
1962(昭和37)年
我が国初のトラック・バス用スチールラジアルタイヤの開発に成功
東京工場敷地内に技術センターが竣工
1964(昭和39)年
我が国初の乗用車用ラジアルタイヤを開発
1965(昭和40)年
戦後初の海外工場「ブリヂストン・マレーシア」が操業を開始
1966(昭和41)年
CMソング「どこまでも行こう」放送開始
1967(昭和42)年
ブリヂストンタイヤショップ制度発足
米国ロサンゼルスに販売会社「ブリヂストン・アメリカ」を設立
1968(昭和43)年
社是「最高の品質で社会に貢献」制定
卓越した品質管理を実施している企業に与えられる「デミング賞実施賞」を受賞
1970(昭和45)年
第1回「ブリヂストンゴルフトーナメント」(現ブリヂストンオープンゴルフトーナメント)を開催
1976(昭和51)年
創業者 石橋正二郎死去
1982(昭和57)年
コクピット1号店「コクピット厚木」がオープン
乗用車用スタッドレスタイヤを業界に先駆け発売
1983(昭和58)年
米国ファイアストン社のナッシュビル工場を正式に買収、北米に初の生産拠点を確保
1984(昭和59)年
コーポレートアイデンティティーを導入
社名を「株式会社ブリヂストン」に変更するとともに新しいコーポレートシンボルを採用
1988(昭和63)年
米国第2位のタイヤメーカー「ファイアストン」社を26億ドルで買収、子会社化
1989(平成元)年
北米の子会社を再編、「ブリヂストン/ファイアストン・インク」(略称BFS)を設立
1990(平成2)年
欧州統括会社「ブリヂストン/ファイアストン・ヨーロッパ エス エー」(略称BFE)を設立
1993(平成5)年
スポーツ事業をブリヂストンスポーツ(株)に統合
1994(平成6)年
ブリヂストン/ファイアストン・ヨーロッパ エス エーを欧州統括事業会社とし、欧州における販売・物流機能を同社に統合(現 ブリヂストン ヨーロッパ エヌヴイ/エスエー)
1995(平成7)年
ファイアストン・タイヤがインディカー・レースに再参戦
1997(平成9)年
F1(フォーミュラ ワン)に参戦
1998(平成10)年
F1参戦2年目でブリヂストンタイヤ装着チームとドライバーがワールドチャンピオンを獲得
1999(平成11)年
ブリヂストンメタルファ(株)を吸収合併
2000(平成12)年
化工品技術センター(神奈川県横浜市)が竣工
新技術センター(東京都小平市)が竣工
2001(平成13)年
コーポレートミュージアム「ブリヂストンTODAY」を開設
「ブリヂストン信条」「経営姿勢」「私たちの約束」「行動指針」から構成される企業理念を制定
ブリヂストン/ファイアストン・インクが持株会社制を導入し、組織を再編(現 ブリヂストン アメリカス・インク)
2002(平成14)年
創業者石橋正二郎「日本自動車殿堂」入り
経営ビジョン・ブランドビジョン・環境理念を制定
2003(平成15)年
安全宣言の制定と防災体制の再構築
2004(平成16)年
中国にタイヤ事業を統括する普利司通(中国)投資有限公司を設立
2005(平成17)年
日本市場向けとしては24年ぶりとなる新ブランド「Playz」を発売
2006(平成18)年
創業者石橋正二郎「米国自動車殿堂」入り
戦略的事業ユニット(SBU)、グローバル経営プラットフォーム(GMP)、グローバル本社(GHO)からなる組織改革を実施
2007(平成19)年
リトレッド事業のリーディングカンパニー「バンダグ」社を買収、子会社化
2008(平成20)年
東洋ゴム工業(株)と、業務・資本提携に関する基本合意書を締結