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1981~1987年

第7章 米国での現地生産開始、多角化の進展

第7章 米国での現地生産開始、多角化の進展 1981~1987

第8節 多角化事業の推進

多角化事業の推進

1981年、「1990年代に世界のゴム産業のビッグスリーに入ること」を表明した当社は、1980年代、化工品・スポーツ部門で「主要製品でトップシェア」「全社売上高比25%の達成」を目標としました。1984年、組織を化成品、工業用品、スポーツ用品の3つの事業本部とし、1985年には化工品・スポーツ部門の売上高が1千億円を上回り、全社売上高比20%を超えました。

第1話 化工品の事業規模の積極拡大

ウレタン事業の変革

1983年当時の軟質ウレタンフォームの用途は、家具、寝具、シューズやフィルター材・化粧用パフ、弱電部品などでした。当社はこれらの製品の素材をブロックやロール状にし、才断加工設備を持つ化成品販売会社を経由して販売していました。
ところが、素材の需要が停滞し、ウレタンメーカー各社が熾烈なシェア争いを展開している状況では、売上高の大幅な拡大は望めないことから、素材売りからの脱皮が急務となりました。1980年代初頭、自動車や弱電メーカーは、生産工程の合理化のため、予め粘着剤を付けた部材を求めていました。そこで当社は素材売りから部材、部品販売への戦略転換が必須と考え、企業買収により1983年、ブリヂストン東海化成を設立し、同社で接着加工を施したウレタン製品を、化成品販売会社を通じて拡販しました。
一方、自動車の天井材などに使われるロール状素材の分野では苦戦していました。当社は、素材だけの販売から加工を加えたフレームラミネート事業への参入が不可欠と判断し、加工会社の「関東ラミネート」を設立し、納入車種を拡大していきました。

工業用品事業の拡大と新商品開発

1980年代、工業用品部門では、土木商品の育成が開始されました。
1984年には、土木シート、大型可撓管の開発を完了しました。可撓管では、1985年に国内最大の口径5mの製品を電源開発公社へ納入しています。
また、世界初の浮体式大型構造物となった上五島石油備蓄基地の浮体を係留する設備として、大型防舷材を40数基納入しました。オイルフェンスから派生した浮沈式シルトフェンスは、関西新空港の埋め立て時の海洋汚濁を防止するため、新空港島全周に張り巡らされました。
1985年に販売を開始した免震ゴムは、高い評価を受け、日経優秀製品賞を受賞し、1995年の阪神・淡路大震災の後には特に、世の中の注目を集めることになりました。
1980年代の半ばには、国内外の大型プロジェクトが相次ぎました。スチールコンベヤベルトでは、インドネシアのブキットアッサムに総延長57kmの製品を納入しています。
化工品の売上高が1千億円を超えると、第3の生産拠点を求める声が出始め、1985年に岐阜県関市に土地を取得することとしました。

第2話 スポーツ事業の拡大

アルタスプロ318

1977年にクエスター社との合弁契約を解消した当社とブリヂストンスポーツ(BSP)は、ブリヂストンブランドのゴルフ用品の生産を推進しました。1981年、クラブ設計理論「WOS(Well Ordered Set)理論」を構築し、1982年、この理論に基づくゴルフクラブを発売し、同社はゴルフ総合メーカーへの指向を明確にしました。1985年発売の「オールターゲット11」は、国内外で大きな反響を呼び、クラブメーカーとしての認知度を高めました。
ゴルフボールのAD(オールディンプル)シリーズも順調な売行きを見せ、「アルタス」は、ツーピースボールブームを巻き起こしました。世界初の二重ディンプルを採用した「アルタスプロ318」、世界最多の500個ディンプルの「アルタスプロ500」を発売、ソリッド型の分野で他の追随を許さないシェアを獲得しました。
1984年、ブリヂストンスポーツは「ゴルフを主体に総合スポーツメーカーとして日本のトップスリーを目指す」という目標を掲げました。同年、テニス事業に参入し、シューズ、ウェアなどの用品に続き、テニスボールやラケットを発売しました。

第3話 多角化を支える研究開発部門と新事業開発の推進

研究開発本部では新事業開発室を設け、将来性が高く、成長の期待できる市場への参入を目指した取り組みを始めました。
基本的な考え方は、当社の基盤技術である「高分子技術」「複合化技術」をベースに、社外の先端技術を大胆に取り入れ、新素材、スポーツ、エレクトロニクス、メカトロニクス分野に進出するというものでした。
この考え方に沿い、基盤技術であるゴム、樹脂、接着技術を生かした新製品開発を進めるとともに、導電性ポリマーやセラミックなどの新素材研究、ロボットや通信などのメカトロニクス研究を新たにスタートさせました。
この時期に開発した主な商品は、衛星放送用受信アンテナ、粘接着応用商品、樹脂応用商品、ゴルフ・テニス用品などで、その後逐次事業化されました。
この時期に培った新しい技術群が、電材分野の商品開発などに生かされ、化工品事業の拡大に向け、技術の格差付けや商品開発のスピードアップに役立ちました。